日本の伝統的な衣服である着物は、西洋の衣服と同じようにいろいろな種類があります。
格の高い着物から順に掲載、またページ下部に、着物はどのようにして生まれたのか解説します。

* Keiko Tagai が素材として使用している着物の種類については、実際に使用している着物の画像を掲載しています。

 

正礼装 / フォーマルウェア __________________________________

- 打掛 (白打掛 (白無垢) と色打掛)

着物 | 打掛、色打掛とは?

色打掛とは、西洋のウエディングドレスに相当します。

室町時代 (1336年 - 1573年) の中期から始まり、武家の女性が下に着ていた着物でした。
江戸時代 (1603年 - 1868年) になると、豪商や裕福な町娘の間で主流の衣装となり、正式な礼服として認識されるようになりました。
現代では、和装の結婚式の花嫁衣装として親しまれています。

特徴は、しっかりとしたフォルムと重厚感のある着物で、刺繍や本金箔などにより鶴や鳳凰、牡丹など伝統的な絵柄が描かれており、末永い幸せへの願いが込められています。

- 黒留袖

着物 | 黒留袖とは?

黒留袖とは、西洋のイブニングドレスやアフタヌーンドレスに相当します。

古き時代、若い女性が着ていた着物 (振袖) を結婚後に袖を短く仕立て直したもので、これらは留袖と呼ばれていました。
江戸時代 (1603年 - 1868年) 後期に芸者が着ることで人気を博し、庶民の間でも広く親しまれるようになり、明治時代 (1868年 - 1912年) になると、黒く染めた着物へと進化し、黒留袖となりました。
現代では、ミセスの最も格式の高い第一礼装として、結婚式や披露宴など礼儀やマナーが重視される特別な場面で着用されています。

特徴は、シックな黒地に縁起の良い絵柄が裾だけに描かれている着物で、また家紋が入っています (五つ紋)。

- 引き振袖

着物 | 引き振袖、本振袖、大振袖とは?

引き振袖とは、西洋のウエディングドレスに相当します。

その歴史は古く、元々は武家の婚礼衣装で、中でも黒色の引き振袖は上流階級の象徴でした。
現代では、さまざまな色や着こなしができる婚礼衣装として親しまれています。

特徴は、長い裾と長い袖、また本金箔やラメなどにより豪華絢爛な絵柄が描かれている着物です。
裾を引きずって着るため、まるでハリウッドセレブがイブニングドレス姿でレッドカーペットを歩くように、優雅で美しい着姿です。

- 振袖

着物 | 振袖とは?

振袖とは、西洋のイブニングドレスやアフタヌーンドレスに相当します。

元々は、子どもや若い男女が着ていましたが、江戸時代前期になると、若い女性の正装として、次第に袖丈が長くなっていきました。
袖が長くなった理由は、意中の人への愛情表現やプロポーズに応えるため、袖を振る芸者の華麗な姿が大流行したため、袖を振って厄を祓うためなど、さまざまな説があります。

現代では、引き振袖も含め、若い女性の最も格式の高い第一礼装です。
袖丈により格が変わり (袖が長いほど格が高い) 、成人式や結婚式の披露宴、発表会など改まった場面で着用されています。

特徴は、長い袖、色鮮やかなものが多く、華やかな絵柄が描かれた着物で、素晴らしい人生になりますようにとの願いが込められています。

- 黒紋付

準礼装 / セミフォーマルウェア __________________________________

- 色留袖

- 訪問着

- 色無地

略礼装 / インフォーマルウェア __________________________________

- 江戸小紋

- 付け下げ

外出着 / カジュアルウェア __________________________________

- 付け下げ小紋

- 小紋

着物 | 小紋とは?

小紋とは、西洋のカジュアルドレス (ワンピース) に相当します。

小紋染めが衣服に使われるようになったのは室町時代。
江戸時代に、武家の裃 (かみしも) に使われたことにより発達し、明治時代では、断髪令や欧化の影響で多色使いや大胆な柄も誕生しました。
大正時代 (1912年 - 1926年) には、大正ロマンと呼ばれる社会風潮の中で現代に続く着物文化が生まれ、幅広く親しまれています。

特徴は、パターン型で柄が描かれている型染めの着物で、着物全体に柄がリピートしており、色や柄のバリエーションが豊富です。

- 紬の訪問着

- 絞り

- 御召

- 更紗

普段着 / デイリーウェア __________________________________

- 紬

着物 | 紬とは?

紬とは、西洋の普段着や作業着に相当します。

江戸時代では、庶民は木綿、富裕層には生糸からつくられた光沢のある柔らかな絹の着物が好まれていました。
紬は、絹糸のなかでも生糸ではなく、くず繭からつくられた糸で織られた絹織物のことで、古くから普段着や野良着 (労働着) として使用されていました。
現代では、フォーマルな場面を除いたさまざまな場面で親しまれています。

特徴は、丈夫で、柄は染めた糸で織りあげた織柄であること。また、使い込むほどに独特の風合いが増し、まるでヴィンテージジーンズのように、汚れやほつれさえも魅力となる着物です。

- 絣

絣とは、西洋の普段着や作業着に相当します。

織り方の技術はインドが発祥で、東南アジアを経て日本に伝来しました。室町、戦国時代になると、日本でも絣が織られるようになり、デザインや織り方の種類も増えて独自の発展を遂げました。
現代では、絹、綿、麻などさまざまな素材で絣の着物が作られ、広く親しまれています。

特徴は、丈夫で、柄は染めた糸で織りあげた織柄です。紬と非常に似ていますが大きな違いは、模様の輪郭をあえてかすれて見えるように織られていることです。

- ウール着物

- 銘仙

- 木綿着物

- 浴衣

などなど

着物はどのようにして生まれたのか?

日本では、古代から布を織る・染める技術は、着物など独自の服飾文化の発展において不可欠でした。

日本で布がいつから使われ始めたかは正確には分かっていませんが、布の素材は、縄文時代は主に麻、弥生時代には絹も使われるようになりました。

その後、身分に応じて着用する衣服が異なるようになります。
7 - 8世紀には、貴族はさまざまな色の華やかな絹の衣服を着ていました。
権威を表すために、裾や袖が非常に長く大きくなりました。平安時代に確立したスタイル「十二単 (じゅうにひとえ)」はその代表格で、宮廷の女性はそのような絹の衣服を何枚も重ねて着ていました。
また、貴族や武士などの上層階級では、「小袖」を下着として着ていました。

** 現在の着物の原型となるのが、「小袖」です。

一方、庶民は17世紀に木綿 (絹を意味する奈良時代の木綿ではなく、いわゆるコットン) が普及するまで、主に麻でつくられた衣服を着ていました。

室町時代になると、武家が「小袖」を表着として着るようになりました。

** この頃から、「着物」という言葉が使われ始めます。

その後、染める技術が発達して、着物そのものが美術工芸として価値を高めていくようになりました。

19世紀中頃の万国博覧会への出品などをきっかけに、日本美術 (浮世絵、琳派、着物など工芸品) が注目され、モネやゴッホなどヨーロッパの芸術家の作品に着物が取り入れられました。(ジャポニスム)

明治時代には、日本を訪れた外国人が、江戸時代の着物や能装束など染織品を大量に買い付けて、自国へ持ち帰りました。
それらは美術品として、米国のボストン美術館や、ベネチアの東洋美術館のコレクションとなっています。

明治時代以降、日本で近代化が進むと洋服が一般化して、日本人が着物を着る機会は減っていきました。
そして現在では、身分を問わずすべての人が平等に自由に着物を着れる時代になりましたが、普段着として着物を着る人は少なくなり、主に結婚式や成人式、入学式、お茶会、パーティなどの場面で着用されています。
しかし、若者を中心に、普段着として着物を楽しむ人が増え、日本独自のストリートファッションが誕生しています。

日本の伝統的な衣服である着物は、それぞれの時代に合わせてデザインされ、長い歴史の中で現代に受け継がれてきました。そして、これからも進化し続けていくことでしょう。